デス・オーバチュア
第118話「最恐災厄の騎士」


伝説の魔法騎士。
災厄の騎士とも、殺戮の騎士とも呼ばれる存在。
その騎士の素性は誰も知らない。
どこの国の、誰に仕える騎士なのか……本当に騎士なのかすら定かではない。
その存在は災厄にして災害。
突然、戦場に姿を現したかと思うと、次の瞬間には敵味方の区別無く、戦場にいる全ての者を惨殺し、どこへなりとも去っていく。
彼がなぜそんなことを繰り返すのか、その行動原理を理解できるものはいなかった。
そもそも、彼の存在自体、証明するものは生者の一人も残っていない血に染まり荒れ果てた戦場跡しか存在しない。
彼の存在は、多くの者にとってただの災厄(災害)でしかなかった。


表だった戦争がなくなり、戦場が生まれなくなると、彼は姿を現さなくなった。
新たな戦場を求めて別の世界へ旅だったとも、平和な世界に退屈し自ら命を絶ったとも言われたが、本当のことは誰にも解らない。
かくして、彼は伝説となった。
一切の魔法の通じぬ、一太刀で千人の敵を切り捨てる、最恐災厄(最強最悪)の騎士として……。



「さあ、殺し合おうか」
サウザンドは爽やかともとれる感じで宣言すると、一瞬でアンベルの視界から消え去る。
「っ!?」
アンベルが弾けるように天高く飛び上がった。
「ほう、見る前に体で感じて逃れたか」
アンベルが先程まで立っていた場所の真後ろにサウザンドが立っている。
「……あはは……」
アンベルはかわいた笑い声を漏らした。
アンベルが人間だったら大量の冷や汗をかいていただろう。
「心臓が破裂するかと思いましたよ……いえ、わたしの場合、原子炉の暴発ですか……」
いきなり背後に生まれたとんでもない殺気から、反射的に逃れるように宙へと飛翔していた。
その反射的行動は正解である。
もし、後僅かでも地上に留まっていたら……。
「別にそこも安全地帯ではないぞ」
眼下の視界からの消失と、背後からの声の発生はまったくの同時だった。
「ぁっ!?」
「千手斬(せんしゅざん)!」
凄まじい爆音と閃光。
アンベルの姿は地表に墜落していて、クレーターを作っていた。
「ほう……バリアのようなものを張れるのか……たいしたものだな」
アンベルと入れ替わるように宙に浮かんでいるサウザンドが感心したように呟く。
「あは……なんですか、今の……?」
クレーターの中から、球状の光の膜に包まれたアンベルが浮かび上がってきた。
「別になんでもない。ただ、アンタを斬った……いや、斬ろうとしただけだ、千回程な」
サウザンドは本当になんでもないことのように答える。
アンベルを包んでいた光の膜が突然消えた。
「まったく、もしバリアではなく、回避や逃走を選んでいたら今ので終わってましたよ、わたし。それにしても困りましたね……勝てる気がまるでしません……」
攻撃に対する警戒がまるで意味をなさい。
今も、一度瞬きした後には、背後に回られ、切り捨てられかねない……という恐怖がつきまとっていた。
サウザンドの動きがまるで見えないのである。
消えたと認識した瞬間にはもう死角から斬りつけられている……二度とも、相手の影すら捉えることができなかった。
一瞬でいい。
一瞬でも、相手を視覚内に完全に捉えることさえできれば……。
「あっ!?」
また視覚からサウザンドが消えた。
声が聞こえるてくるのも持たず、気配が生まれるのも待たず、消えたと認識した瞬間に反射的に宙へと逃れる。
そして、それは正解だった。
宙に停止したアンベルから、数本の髪と布切れが舞い落ちていく。
「ほう、また逃れたのか、たいしたものだ」
「…………」
誉められても嬉しくとも何ともなかった。
一度目は殺気を感じることができた、二度目は声に反応できた、だが、三度目は何も感じられず……いや、感じるよりも速く闇雲に空へ逃れたのである。
声なり気配なりを感じるまで待っていたら、斬られると確信していたからだ。
確信というよりもただの恐怖なのかもしれない。
ついていけない『速さ』というのが、ここまで恐ろしいものだとは思わなかった。
自分より強い『力』の持ち主になら何度も会ったことがある。
けれど、認識すらできない別次元の速さに出会ったのは初めてのことである。
「だが、四度目はない。次はもう少しだけ本気で剣を振るおう」
「…………」
サウザンドがまるで本気を出していないことは、アンベルにも解っていた。
彼の本当の戦闘スタイルは恐らく双剣。
一方の剣を封印したまま……片方の剣すら全力の百分の一……いや、千分の一も出していない……アンベルにはそう感じられた。
「いや、せっかくだから冥土の土産に見ていくか? オレの必殺の一撃を……」
「あぅ……」
サウザンドの殺気と闘気が高まっていくのが解る。
「動くなっ!」
アンベルは前髪を掻き分けた。
妖しく不可思議な琥珀色の瞳から放たれる視線がサウザンドを『射抜く』。
それだけで、サウザンドの動きはマハのように『固定』される……はずだった。
「ぬるい!」
一喝。
ただそれだけでアンベルの瞳の力は霧散した。
「石化でも麻痺でもない、空間固定か、実に希有な眼力だ……だが、オレを拘束するにはぬるい」
サウザンドの殺気と闘気が凄まじい速度で高まっていく。
「千切れて消えよ……千手千斬(せんしゅせんざん)!」
殺気と闘気が爆発的するように膨れあがり、解き放たれた。



天を貫くような巨大すぎる剣の刃が大地から突き出ていた。
その刃は世界を二つに分ける障壁のようである。
「千の手でそれぞれ千回ずつ斬るか……千手千斬とは良く言ったものだ」
女の声が聞こえてきたかと思うと、大地から突き出ていた大剣が無数の粒と化して跡形もなく砕け散った。
「……誰だい、アンタ?」
大剣が消え去ると、アンベルを抱き抱えた黒一色の制服の美人が姿を現す。
「……天剣絶淘(てんけんぜっとう)」
「っ!」
美人の微かな呟きと同時に、サウザンドの足下から巨大な大剣の刃が突き出された。
サウザンドは後方に宙返りして、辛うじて刃から逃れる。
大地から刃が突き出るよりも速く、後方に跳ばなければ回避できないタイミングだった。
「よく避けた」
「なあに、初見だったら避けられなかったさ。真下……足下に気配を感じた瞬間にはもう突き出ている……回避不可能な最高の不意打ちだな」
「人間で避けられたのはお前が初めてだ、誇っていい」
美人は無表情にそう言うと、空間に出来ている切り口に向かって歩き出す。
「待てよ、アンタがそいつの代わりにオレと殺し合ってくれるんじゃないのか?」
「オレは弱い者虐めする趣味はない。お前に丁度良い相手ならもうすぐ現れる、しばらくそのまま待つといい」
美人はサウザンドに視線一つ向けることなく、出入り口である空間の切り口に消えていこうとした。
「それで大人しく従うとっ!?」
一瞬、一足でサウザンドは間合いを詰める。
「……思っているが、何か?」
だが、サウザンドの剣が振るわれることはなかった。
サウザンドが一太刀振るうよりも速く、腰の鞘に収められていたはずの美人の剣が抜刀され、サウザンドの喉元に突きつけられている。
「あの〜、荷物扱いはやめてください。もう歩けますから〜」
美人の脇からアンベルの声……アンベルは美人の剣を持たぬ方の腕で軽々と抱き抱えられていた。
「そうか」
美人はあっさりとアンベルを解放する。
「あは、どなたか存じませんが本当に助かりました。このお礼はいずれ必ずしますね〜」
そう言いながら、アンベルは自分だけさっさと空間の切り口から外へと消えていった。
「聖剣か? それにしては随分と不吉な……いずれにしろかなりの名剣だな。オレのなまくらよりは数段良い……」
美人は一瞥しただけで、サウザンドの剣の全てを見透かしたように呟く。
「……アンタは、オレより数段強いな……完敗だよ」
「お前も悪くはない。地上に敵が居なくなったら魔界に来るといい」
美人はゆっくりと剣を鞘へと戻した。
「その時はもっとちゃんと相手をしてやろう」
美人は踵を返し、無防備な背中をサウザンドに向ける。
そして、ゆっくりとした足取りで、再び空間の切り口へと歩き出した。
「アンタ、名前は?」
サウザンドは消えていく美人の背中に問いかける。
「ゼノン、ただの魔王だ」
黒の美人……剣の魔王ゼノンは振り返ることも、足を止めることもなく、そのまま外の世界へと消えていった。



「……ああ、アンタか。そういえば、アンタとの決着はまだ付けてなかったな」
荒れ果てた真紅の墓地で、サウザンドは待ち続けていた。
剣の魔王ゼノンが告げた、今の自分に丁度良いという相手を……。
「こんな所でお前に会えるとは夢にも思わなかった……」
この世界にやって来たのは、長身の細身を漆黒のロングコートに隠した、銀髪に青眼の青年……ガイ・リフレインだった。
「どうやら、最高の剣を手に入れたようだな。じゃあ、始めようか……あの時の続きを……」
サウザンドは光り輝く剣を抜刀する。
「今度は決着の付く前に俺の剣が折れることは絶対にない……」
ガイの左手にはすでに青銀色の幅広な剣が握られていた。
「まあそうだろうな。それは神剣だろう? 我が呪われし聖剣ベイリンもそれには遠く及ばない」
「今度はお前の方が剣が折れてお預けなんてことにはならないだろうな?」
「ああ、それは無用な心配だ。ベイリンが神剣との硬度差に音を上げる前に決着はつくからな」
「よく言った! 行くぞ、殺戮の騎士!」
「ああ、どこからでも来るといい、黄金の騎士」
爆発するような轟音が響く。
ガイとサウザンドは一瞬で互いの間合いを詰めて、剣を斬りつけ合っていた。
「ほう、神剣の力に溺れて腕は落ちたかと思ったが……どうやら、そんなことはないようだな」
「あたりまえだ……!」
「おっと」
ガイの胴斬りを、サウザンドは後ろにステップしてかわす。
「じゃあ、次はこちらからいくか」
サウザンドは一足で再び間合いを詰めると同時に、光り輝く剣を斬りつけてきた。
ガイは静寂の夜でそれを迎撃する。
サウザンドの剣とガイの静寂の夜が何度も何度も交錯した。
「…………」
サウザンドの攻撃は正真正銘ただの剣撃である。
闘気や魔力、特種なエネルギーをぶつけてくるわけではないので、静寂の夜の能力で無効化することはできないのだ。
そして、所詮はただの剣撃でしかない以上、倍加して跳ね返してもあまり有効的ではない。
結果、二人の戦いは、どこまでも単純で純粋な剣術での勝負となった。
剣と剣の硬度差も、どちらかが……おそらく硬度的に劣るベイリンが折れるその時まではたいした差を感じさせないだろう。
「もう一振りの剣は抜かないのか……?」
以前、戦った時もサウザンドは二本目の剣を抜くことはなかった。
「抜かねばならぬ程、アンタがオレを追いつめたら抜いてやるさ」
剣と剣が打ち合う度に、凄まじい爆音が響く。
相手の剣が普通の剣なら、相手が並の剣士なら、一撃で剣も相手も跡形も吹き飛ぶ……それほどの威力が二人の一撃一撃にはあった。
「やはりラチが開かないか……」
サウザンドは静寂の夜を打ち払うと、一度背後に跳んで間合いを取る。
さらに、ガイが間合いを詰めてくるよりも速く、殺気と闘気を一瞬で爆発的に高めた。
「肉片となって舞い散れ! 千手千斬っ!」
ゼノンの天剣絶淘すら一撃で破壊した必殺の剣が放たれる。
瞬間、サウザンドを中心に数え切れない無数の腕の幻影がガイには見えた。
「反……無敵盾(イージスシールド)!」
今までとは比べものにならない爆音、轟音が響く。
ガイはかなり遠方にまで吹き飛んでいた。
「不可視の障壁か。いい判断だったな」
「……まあな、危なく対処を間違えるところだった……!」
ガイは遠方から駆け出し、一瞬で、サウザンドとの間合いを零にする。
再び、接近戦……本来の剣の間合いによる打ち合いが始まった。
「あそこで反射を選んでいたら、お前の百万(ミリオン)の斬撃のうちのほんの数発を倍加して打ち返すだけで……そんなもの残りの斬撃の奔流に呑み込まれて……俺は跡形もなく惨殺されていただろうな……」
千手千斬とは、特種な力を込められた強力無比な一撃ではなく、一瞬で千×千=百万の斬撃を相手に叩き込むどこまでも正当な神速の剣技なのである。
静寂の夜が無効にしたり、反射するのはあくまで『力』、エネルギーなのだ。
何の力も借りていない、速さと技術だけの攻撃にたいしてはその真価を発揮することはできない。
「もうお前に千手千斬は撃たせない……このまま地味に斬り合ってもらう!」
ガイは剣を振るう速度を限界にまで加速させた。
爆音のような剣戟の音が響き続ける。
「アンタは勘違いをしている……」
「何……?」
「千手千斬は……別に力を貯める『間』も、相手との『距離』も必要としない……」
「なっ!?」
「剣戟の最中だろうが、いつでも『気』を爆発させることで、千手千斬に移れるんだよ!」
今までと何の変わりもない剣戟……剣と剣のぶつかり合い……その直後、千手千斬は突然の殺気と闘気の爆発と共に放たれた。
サウザンドに必殺技を使う間を与えないために、攻撃に力を注いでいたガイは、先程のように無敵盾を作ることさえできない。
そして、ついに千手千斬はガイに完全に直撃した。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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